セキュリティとバックアップ

小規模企業に必要なバックアップはどこまでか

バックアップは「取っているか」ではなく「戻せるか」で決まります。守る対象の棚卸しと、どこまで前に戻れればよいか・何時間で戻す必要があるかという2つの目標から、小規模企業に必要な構成が決まります。

公開 更新 カテゴリ セキュリティとバックアップ 読了目安 約9分

この記事の適用範囲

対象
自社のデータ保全がこれでよいのか判断できていない小規模事業者
読了後の状態
守る対象を決め、復旧の目標から必要なバックアップの形を決められる状態

パソコンが起動しなくなった朝に、バックアップが機能していたかどうかが初めて分かります。外付けドライブに毎日コピーしているつもりだったのに、開いてみると最後の更新が数か月前で止まっている。自動バックアップは動いていたが、対象フォルダの指定から業務データが漏れていた。どちらも、事故が起きて初めて発覚する種類の失敗です。

バックアップの話は「取っているか、取っていないか」で終わりがちです。事故のあとに問われるのは別のことで、何が消えたのか、どの時点まで戻せるのか、戻すのに何時間かかるのか、その作業を誰ができるのか、の4つになります。ここに答えられない状態は、取っていないのとあまり変わりません。

決める順番は、守る対象を選ぶ、復旧の目標を決める、目標を満たす方法を選ぶ、戻せることを確かめる、の4段階です。手段の比較から入ると、たいてい途中で止まります。

なお、この記事はデータを失わないための設計に絞ります。パスワードの扱いや端末の紛失といった入口側の対策は、小さな会社の情報セキュリティはどこから手をつけるかで扱っています。

「バックアップしている」と「戻せる」は同じではありません

この2つの間には、よく3つの断絶が入ります。

1つ目は、対象が入っていないことです。バックアップの設定はデスクトップや書類フォルダを既定にしていることが多く、業務データが別のドライブや共有フォルダにあると、そのまま対象外になります。設定した本人も、対象一覧を後から見返すことはほとんどありません。

2つ目は、世代が1つしかないことです。毎晩コピー先を上書きする方式だと、壊れたファイルや暗号化されたファイルも、そのまま正常なコピーの上に書かれます。異常に気づくまでに一晩あれば、健全な状態は残りません。世代を持つとは、単に容量を増やすことではなく、異常に気づくまでの猶予を買うことです。

3つ目は、戻し方を知っている人が1人しかいないことです。設定した人が退職している、あるいは休んでいる日に事故が起きると、データが残っていても復旧が始まりません。

この3つが放置されやすい理由ははっきりしています。バックアップは、失敗しても業務が止まらないからです。売上の入力が止まればその日のうちに気づきますが、バックアップが3か月前から失敗していても、誰の仕事も止まりません。気づく仕組みを別に用意しない限り、静かに壊れたままになります。

守る対象を5つに分けて棚卸しする

対象を決めずに方法を選ぶと、費用の判断ができません。まず、自社のデータを5つの箱に分けて、それぞれ「実体がどこにあるか」「消えたら何が止まるか」「作り直せるか」を書き出します。

対象 データの実体がある場所 消えたときに最初に止まること 作り直せるか
会計・記帳データ 会計サービス側、または経理担当者の端末 請求・支払・申告に向けた作業 通帳と証憑が残っていれば再入力できるが、月単位の工数がかかる
顧客・取引先の情報 表計算ファイル、名刺、メールの本文 見積書と請求書の宛先確認 断片が各担当の手元に散っているため、完全な形には戻らない
契約書・証憑 共有フォルダ、紙のファイル 取引条件の確認と税務対応 相手方への再発行依頼に頼るしかなく、保存義務のある書類ほど代替が難しい
ホームページ レンタルサーバー、または制作会社の管理下 問い合わせの受け口 原稿と画像の元データが手元にあるかで、数日と数か月に分かれる
メール メールサービス側、担当者の端末 進行中のやりとりの経緯 相手側にしか残らず、社内だけでは復元できない

この表の目的は、優先順位を「作り直せない順」に並べ替えることです。金額が大きいものではなく、失うと戻せないものから守ります。契約書と顧客情報は、金額の欄がないのに再作成がほぼ不可能な側に来ます。

会計データは、扱いがサービスの仕様に強く縛られる領域です。年度をまたぐ過去データを自社側に書き出せるかどうかは、乗り換えのときだけでなく、事故のときにも効いてきます。この点はクラウド会計ソフトを選ぶときの判断基準でも確認項目として扱っています。

復旧目標は「どこまで戻れるか」と「何時間で戻すか」の2つで決める

必要な仕組みは、この2つの数字が決まると自動的に絞られます。

どこまで前に戻れればよいかは、直前の作業がどれだけ失われても業務が回るか、という問いです。ここでバックアップを取る頻度が決まります。何時間で戻す必要があるかは、業務が止まっていられる時間です。ここで保管場所と復旧手段が決まります。遠くに厳重に置くほど安全ですが、取り出しに時間がかかります。

数字の決め方は、業務のカレンダーから逆算するのが早いです。給与の支払日、請求の締め日、申告期限、納品日を並べ、「この3日前に全部消えたら何が起きるか」を一度だけ考えます。年に数回しかない締め切りの直前が、自社にとっていちばん厳しい条件です。

数日前まで戻れればよい 前日の状態まで戻したい 数時間前まで戻したい
取得の頻度 週1回でも成立する 1日1回の自動取得が前提 変更のたびに履歴が残る仕組みが要る
運用の形 手動コピーでも回せる 自動化しないと続かない サービス側の履歴機能に依存する部分が残る
戻す人 手順書を見ながら社内の誰かが実施 手順と権限を複数人に渡しておく 平常時から操作している人が必要
費用の傾向 ほぼ機材代のみ 月額が発生しやすい 対象を絞らないと費用が見合わなくなる

全部の対象を右端の水準にする必要はありません。会計と契約書は前日まで、社内の資料や過去の写真素材は週1回、というように箱ごとに変えます。水準を分けないまま一律に上げると、費用が跳ね上がった割に、肝心の対象が漏れたままになりがちです。

クラウドに置いてあることと、バックアップがあることは別です

同期サービスは、複数の場所を「同じ状態に保つ」仕組みです。だから、消せば消えたことが同期され、暗号化されれば暗号化された状態が同期され、間違えて上書きすれば上書き後の内容が全端末に行き渡ります。守ってくれるのは端末の故障までで、操作の間違いには構造上対応していません。

ゴミ箱とバージョン履歴があるため、ある程度は救えます。ただし、どちらも保持期間が決まっており、期間を過ぎると選択肢がなくなります。気づくのが遅れる種類の事故ほど、この期限に引っかかります。加えて、管理者アカウントが使えなくなった場合、履歴ごと触れなくなります。担当者の退職、支払い方法の失効、規約に関する停止など、原因はデータの破損とは限りません。

クラウドを使っている場合に確認するのは次の3点です。

  • ゴミ箱と版履歴の保持期間が何日か(設定画面か管理者画面で確認できます)
  • 全データを書き出す機能があるか
  • 書き出したファイルが、そのサービスを解約した後でも読める形式か

3つ目が抜けやすい部分です。書き出せても専用形式でしか出せないなら、いざというときに中身を取り出せません。サイトについても事情は同じで、記事や画像を手元に持ち出せるかどうかは構築方式によって差が出ます。この観点はWordPressとノーコードツールの違いはどこに出るかで、やめるときのコストとして整理しています。

3-2-1の原則は「切り離した1本」に読み替える

バックアップの目安として、コピーを3つ持ち、2種類の媒体に分け、そのうち1つは別の場所に置く、という考え方が知られています。これをそのまま守ろうとすると管理対象が増え、小規模の体制では続きません。

小さな会社が取り出すべきなのは「日常的に使っている場所と切り離されたコピーを1つ持つ」という部分です。同じアカウントの配下、同じネットワークの中にあるものは、まとめて失われます。まとめて失う原因は機器の故障よりも、誤操作、ランサムウェア、アカウントの停止です。切り離す目的は、これらが同時に届かない場所を1か所つくることにあります。

切り離し方は、おおむね次の3通りです。

  • 取得後にケーブルを抜く外付けドライブ。費用は最も安く、抜き忘れと取り忘れが最も起きやすい方法です
  • 普段使っていない別アカウント、または別事業者のストレージへ複製する。自動化しやすい代わりに、管理する認証情報が1つ増えます
  • 対象を絞って書き出したファイルだけを、定期的に別媒体へ保存する。契約書と会計データに限れば、月1回の作業として現実的です

どれを選ぶ場合も、取得の成否が記録に残ることを条件にしてください。記録がなければ、止まっていることに気づけません。通知が来る仕組みがないなら、担当者が月初に保管先を開いて日付を見る、という手作業でも成立します。

サービス側が守る範囲を、契約の言葉で確認する

利用中のサービスにバックアップ機能があっても、その範囲は事業者ごとに違います。一般に、事業者が備えているのは設備やインフラの障害で、利用者側の誤削除や解約に伴う消失は別の扱いになります。この線引きを確認しないまま「サービスが取っているはず」と考えるのが、いちばん危ない状態です。

確認するのは次の項目です。

  • 復旧作業を実施するのは自社か、事業者か
  • 復旧の依頼に追加費用や所要日数がかかるか
  • どの時点まで戻せるか(保持している世代と期間)
  • 解約後、データがいつまで残り、いつ削除されるか

サーバーを自社で契約している場合は、この4項目が選定時の判断材料そのものになります。法人向けレンタルサーバーの選び方でも、契約前に確認する項目として同じ観点を扱っています。

制作会社や外部の担当者に任せている場合は、機能より先に名義を確認します。サーバーやドメインの契約名義が自社になく、管理画面のアカウントも渡されていないと、事故が起きたときに復旧を自社で開始できません。連絡がつくまで何もできない時間が、そのまま復旧時間に加算されます。

復旧テストをしない限り、バックアップの状態は分かりません

戻せるかどうかは、実際に戻してみないと確認できません。テストの時期は、設定した直後、担当者が替わったとき、そして年に1回、と決めておきます。年1回は独立した予定にすると忘れるため、決算後や期初など、すでにカレンダーに載っている行事に紐づけます。

テストの中身は次のようにします。普段使っていない端末を用意し、手順書を書いた本人以外が、手順書だけを見て作業します。ファイルを1つ復元し、実際にアプリケーションで開くところまで確認します。コピーできたことと復元できたことは別で、開けないファイルが混ざっているのは、この工程で初めて分かります。最後に、かかった時間を記録します。決めた復旧目標を超えていたなら、方法か目標のどちらかを変えます。

手順書に書く項目は3つです。バックアップの保管場所、必要なアカウントと管理者、暗号化している場合の鍵やパスワードの保管場所。実際に詰まるのは3つ目です。鍵がバックアップの中にしかない、あるいは1人の記憶の中にしかない場合、データが無事でも開けません。

次にやること、よくある詰まりどころ

着手は小さく分けます。

  • 今日:現在のバックアップ先を開き、いちばん新しいファイルの日付を見る。数か月前で止まっていたら、他の検討より先にそこを直す
  • 今週:5つの箱について、実体がどこにあるかを1行ずつ書き出し、作り直せないものに印をつける
  • 今月:印をつけた対象だけ、復旧目標を2つ(何日前まで戻すか、何時間で戻すか)決める。全対象に決めようとしない
  • 次の期初まで:切り離されたコピーを1本つくり、復元テストを1回実施して所要時間を記録する

全部を守ろうとして手が止まる

対象を絞れば進みます。作り直せるものは後回しにして構いません。過去の提案書や写真素材は、失えば痛手ですが業務は止まります。止まるのは、契約と会計と顧客の情報です。

費用をどこまでかけるべきか判断できない

消えた場合の再作成にかかる人日と比べます。会計データを1年分再入力する工数を見積もり、それを大きく上回る月額の仕組みは、少なくとも今の段階では過剰です。逆に、再作成が不可能な対象については、費用の比較そのものが成立しません。そこは金額で判断せず、必ず1本確保します。

担当が自分1人しかいない

自動化より先に、保管場所と鍵の在り処を書いた紙を1枚つくり、決まった場所に置いてください。仕組みが優れていても、入口の情報が本人の中だけにあると、本人が動けない日には何も戻せません。1人の会社ほど、ここが単独の弱点になります。