IT導入の進め方
ITツールの導入で失敗する会社に共通すること
導入したツールが使われなくなる原因は、機能の不足ではなく、運用担当・業務の変更・効果の測り方・やめる条件を決めないまま契約したことにあります。5つの決め落としと、導入前に潰しておく順番を整理しました。
この記事の適用範囲
- 対象
- ITツールを導入したが定着しなかった、またはこれから導入する中小企業の担当者
- 読了後の状態
- 失敗の構造を理解し、導入前に潰しておくべき点を特定できる状態
契約から半年たったツールの管理画面を開くと、ログイン履歴が残っているのは総務の1人だけ、ということがあります。導入したときは全員分のアカウントを作り、操作説明の時間も取りました。それでも実際の業務は、以前から使っている表計算ソフトのファイルの上で動いています。
この状態を「社員がITに慣れていないから」と説明すると、次に入れるツールでも同じことが起きます。使われなくなった導入をいくつか並べてみると、製品の種類はばらばらでも、決めていなかったことはよく似ています。共通しているのは機能の不足ではなく、導入を決めるときに省略した手順のほうです。
ここでは、定着しなかった導入に共通する5つの決め落としと、それを導入前に潰す方法を扱います。どの製品を選ぶかという話は含みません。選定の基準そのものは小規模企業のITツールの選び方で扱っています。
導入直後の「順調です」は定着の証拠になりません
使い始めてしばらくは、たいてい問題なく動きます。新しい手順を覚える負荷はありますが、全員が意識して使っているためです。この時期の順調さが示しているのは、手順が業務に組み込まれたことではなく、まだ注意を向けている人が多いことです。
崩れ始めるのは、想定していなかった処理が出てきたときです。過去分の修正、条件の違う取引先、担当者が不在の日の代行。こうした例外を新しい手順でどう処理するかは決めていないため、その場はメールと手作業で片づけます。
問題は、例外のために使った迂回路が、そのまま通常の経路として残ることです。旧手順が動いている限り、迷ったときの逃げ道はそちらにあります。並行運用そのものが悪いのではなく、並行運用をいつ終わらせるかを決めていないことが原因です。終了日のない並行運用は、どちらの手順も中途半端なまま残します。
定着しなかった導入に共通する5つの決め落とし
| 決めていなかったこと | 導入時にはこう見えている | 後で表面化する場面 |
|---|---|---|
| 運用を担当する人 | 「全員で使うものだから」 | 権限追加や設定変更を誰にも頼めない |
| 既存業務のどこを変えるか | 「いまのやり方のままでも使える」 | 台帳とツールへの二重入力が残る |
| 最初に入れる範囲 | 「せっかくだから全社で」 | 使われない部署が出ても理由を特定できない |
| 効果をどう測るか | 「効率化できるはず」 | 続けるかどうかを印象で話し合うことになる |
| やめるときの条件 | 「合わなければ変えればいい」 | 最低利用期間とデータの形式で動けない |
運用を担当する人を決めていない。 導入を推進する人と、日々の運用を回す人は別だという前提が抜けています。アカウントの追加、権限の設定、使い方の質問への回答、仕様変更の周知。これらは誰かの時間を実際に消費します。担当が決まっていないと質問が宙に浮き、質問できない機能から順に使われなくなります。
既存の業務を変えていない。 ツールは、業務のやり方を1つに決めることで効果が出ます。現行の手順を1つも変えずに導入すると、記録先が1つ増えただけの状態になります。二重入力は必ず片方が止まり、止まるのは新しいほうです。
全社に一斉に入れている。 人数が少ない会社ほど「どうせ全員だから一斉に」と考えがちですが、一斉に入れると、うまくいかなかったときの原因が絞れません。ツールが合わないのか、その業務に合わないのか、説明が足りなかったのかを分けられないまま、全体の印象だけが悪くなります。
効果を測る方法を決めていない。 導入前の状態を記録していないと、後から比較できません。月次の締めに何日かかっていたか、同じ問い合わせが月に何件来ていたか。この種の数字は、導入後には取り直せません。
やめるときの条件を見ていない。 契約時に見るのは月額と機能で、最低利用期間、解約の通知期限、データの持ち出し形式は後回しになります。合わないと分かった時点で、契約上まだ相当期間が残っていることに気づきます。
運用担当は名前と時間の両方が埋まって初めて決まります
「担当は総務で」という状態は、担当が決まっているとはいえません。決まっているといえるのは、次の3つが書けるときです。
- 個人名(部署名ではなく)
- 月に何時間をこれに充てるか。導入期は多めに、安定後は少なめで構いません
- その人が不在のときに誰が代わるか
3つ目が抜けたまま進む例が多く見られます。管理者アカウントが1人の個人アドレスに紐づいたまま、その人が退職し、権限を触れる人が社内にいなくなる。規模が小さいほど起きやすい状態です。契約の名義と管理者アカウントは、個人ではなく会社として引き継げる形にしておきます。
担当に充てる時間を出せない場合、選択肢は2つです。導入を見送るか、設定項目が少なく初期設定を提供元が代行するものに変えるか。時間を出さずに入れると、誰も見ていないシステムが1つ増えます。
試すときは人数ではなく業務を1本選んで切ります
小さく始めるとだけ決めると「まず数人で」となりがちですが、人数で切って分かることは限られます。どこで切るかによって、検証できる範囲が変わります。
| 試し方 | 分かること | 分からないこと | 向く場面 |
|---|---|---|---|
| 部署で切る | その部署の中で運用に乗るか | 部署をまたぐ受け渡しが成立するか | 部署内で完結する業務 |
| 業務プロセスを1本選ぶ | 例外処理まで含めて最後まで回るか | 他業務と重なったときの負荷 | 見積から請求までのように流れがある業務 |
| 期間で切る(1か月) | 操作を覚えるまでの負荷 | 月次・年次でしか起きない処理 | 締め処理を含まない日常業務 |
| 使う人を絞る | 操作が得意な人が使えるか | 苦手な人が使えるか(本来知りたい点) | 短期間で操作性だけを見たいとき。定着の検証には使えない |
判断材料になりやすいのは、業務プロセスを1本選ぶ切り方です。受注から請求まで、あるいは応募から入社までのように、始まりと終わりがある単位を選び、その1本だけを新しい手順で通します。例外が出たときに、ツールの中で処理できるのか、外に逃がすしかないのかが見えます。
選ぶ業務は、頻度が高く、間違えても戻せるものにします。年に1回しか発生しない業務で試すと、結論が出るまでに1年かかります。逆に、決算や給与のように誤りの影響が大きい業務を最初に選ぶと、慎重になって旧手順を並行させ、結局どちらが速いのか比べられません。
外部が関わる業務は、試験導入の範囲を自社だけで決められません。記帳のように顧問税理士の運用に合わせる必要がある領域では、範囲の切り方が先に制約されます。この点はクラウド会計ソフトを選ぶときの判断基準で扱っています。
定着したかどうかは旧手順が消えたかで判断します
ログイン数や利用率は、定着の指標としては弱いものです。開いただけでも数字は増えます。見るべきなのは、旧手順が実際に止まったかどうかです。
- 旧ファイルの最終更新日。更新が止まっていれば移行できています
- 例外が起きたときの処理場所が、ツールの中か、個人のメールと手元のファイルか
- 担当者が休んだ日に、他の人が同じ処理を最後まで進められたか
- 新しく入った人が、手順書だけを見て操作できたか
確認は2回に分けます。1回目は導入から3か月後、日常の処理が回っているかどうか。2回目は、月次の締めや繁忙期を1度越えた後です。年に1回しか起きない処理がツールに乗らないことは珍しくなく、それが判明するのはその時期です。
定着していないと分かったとき、追加の説明会で解決するのは「操作が分からない」場合だけです。「使うと自分の作業が増える」ことが理由なら、教育をやり直しても戻りません。業務のどこを変えるかを決め直す作業になります。
やめる条件は契約前に文章にしておきます
導入を決めるときに、やめる条件を先に書きます。書くのは2つです。
判断する日。導入から3か月後、6か月後のように、具体的な日付を決めます。日付がないと判断は「いつか」になり、その間も引き落としは続きます。
その日に見るもの。前章の判断材料のうち2つか3つに絞って、先に決めておきます。後から基準を作ると、続けたい人と止めたい人で主張が合わなくなります。
契約書側で見るのは、やめる判断の自由度を左右する条項だけで足ります。最低利用期間と解約通知の期限を過ぎていれば、合わないと分かっても次の更新まで動けません。もう1つはデータの持ち出し形式で、標準的な形式で出せないサービスほど、乗り換えの判断そのものが重くなります。条項ごとの読み方は選定の段階の話になるため、ここでは深入りしません。
利用範囲を先に決めないと運用そのものを始められない領域もあります。社員が個人の判断で使い始めやすい生成AIはその典型で、決め方の順番が他のツールと変わります。この場合は中小企業が生成AIを導入するときに先に決めることを参照してください。
次にやること
- すでに契約しているツールを1つ選び、管理画面と契約書を開きます。管理者が誰になっているか、次の更新日はいつか、解約の通知期限はいつまでかを確認します。すぐに動けないものが見つかったら、更新日を予定表に入れておきます
- これから入れるものについて、運用担当の個人名と月の時間を書き出します。書けないなら、その導入はまだ決まっていません
- 最初に通す業務を1本選びます。頻度が高く、間違えても戻せるものにします
- 判断する日と、その日に見る材料を2つ決めます。あわせて、導入前の状態(作業にかかっている日数、問い合わせの件数など)をいま記録します
4番目は導入前にしかできません。比較の基準がないまま始めた導入は、半年後に「なんとなく楽になった気がする」以上の評価ができなくなります。
よくある詰まりどころ
運用担当に充てられる人がいない
人を出せない前提で選び直します。設定項目が少ないもの、初期設定を提供元が代行するもの、既に使っているものの機能で足りるものの順に検討します。外部に管理を委託する場合も、契約名義と管理者アカウントは自社側に残します。運用の手間が毎月かかり続ける領域では、導入時期そのものを見直す判断もあります。勤怠管理については紙や表計算からの移行タイミングで条件を整理しています。
経営者だけが旧手順を使い続ける
承認が絡む業務では、決裁する人が紙に戻ると全体が戻ります。申請だけを電子化して承認を紙に残す構成は、担当者の手間が増えるだけになりがちです。決裁の経路を最後まで乗せられるかを、最初に確認します。
取引先が対応してくれない
相手が関わる業務は、自社の運用だけでは決まりません。契約書の電子化のように相手方の受け入れが前提になるものは、主要な取引先が対応できるかを導入前に確かめます。判断の順序は電子契約サービスを選ぶときに確認することで扱っています。
前回の失敗があって社内が反対する
「前のは合わなかった」で説明を終えると、次の提案も同じ扱いを受けます。5つの決め落としのどれに当たったのかを特定し、今回はそこをどう埋めるかを示します。反対の理由は新しいツールへの不信ではなく、また途中で放置されることへの警戒であることが多いためです。